言葉の持つ力

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先日、久しぶりに友人に会いました。一昨年、重度の心臓疾患で生命が危ぶまれる状態だったのですが、手術も成功し、思うように動かない体ながら、いま懸命に生き抜いています。

複数の仕事を抱えながら、変えながら生計を立てている姿を見ると、生きていくことの健気さ、逞しさ、しなやかさを感じてしまいます。私は彼にとってどんな有益なことができるのだろうかと、自分の心を見つめなおしています。

言葉とは心の思いを響かせて

彼は大変に【ことば(言葉)】を大切にし、感受性が強く、そして言葉や文章の奥にあるエッセンスを鋭く捕まえことができます。文章をつくる(創る)仕事を長年続けているゆえです。もちろん職業によってスキルは磨かれるわけですが、本来生まれながらに持っている能力がそのバックグランドにあります。実によく本を読み、いつも6,7冊の本を携帯しながら平行して読み進めていくタイプです。

最近、言葉を大切にしない、言葉の持つ力を知らない人が多い。ぞんざいな言葉使いに多くの人が傷ついている。言葉使いがその人を表している。使う言葉によって、住む世界がわかってくる。くだんの状況で、いくつもの職場を経験している彼ならではの嘆きです。

言葉とは心の思いを響かせて発するものです。

記事の3つのレベル

興味深い話を聞きました。
新聞などの記事には3つのレベルがあるといいます。

ひとつは、普通の人が読んでわかるもの。
二つ目は、関係者が読むとわかるもの。
三つ目は、政府の人などが読むとわかるモノ。
掲載される数行の記事でも、最初の原稿は数百行に及ぶ分量がある。

確かに一つの記事について、読む人の状況によって受け取り方は様々です。たった一つの言葉をとってもそうです。しかも記事には背景もあり、影響する範囲もおのずと想定されてきます。利害関係者なども明らかになってきます。

キャンバスの登場する言葉について

さて、パーソナルビジネスモデル・キャンバスを描いていく中でも言葉の表現を用います。

長い文章ではなく、多くはの場合「単語+動詞」という簡潔な形で表現します。キャンバスをつくっている背景を理解していない人が見ると、どこにでもある言葉なので、キャンバスがつまらないものに見えてくることがあります。しかし、キャンバスを描いた本人が見ると、全く違う情景がイメージされてきます。もし、自分が描いたキャンバスにあまり魅力を感じられない場合は、キャンバスの主体者としての自分が抜け落ちている可能性があります。

自分の悩み、課題に正面から向き合って描かれたキャンバスには他人が見て大したものではなくても、我が事であるゆえに、すさまじいエネルギーのようなものが満ち溢れているはずです。

キャンバスに住む自分

人は危機的状況にならないと、なかなかキャリアアップや人生について自分を見つめ直すことができないものです。

友人の彼は今、将来に対して身動きの取れない焦燥感を抱いているようです。それでも病と闘い、時には折れそうになりながら自分のリソースを生かそうとしています。

逆境、危機こそチャンスということはこうしたことからも言えることです。キャンバスには人生が集約されているともいえます。キャンバスには、自分の世界があります。その世界は他者との関係性で成り立っています。

人は他者の痛みを我が事に感じるという意識を持ち合わせています。距離を問題にせず他者と感情の交換をしているようです。一人の人生は計り知れない影響の連鎖を孕んでいるといえます。

彼と私が後悔していることがあります。それは、古典といわれる本を20歳代の頃にほとんど読んでいなかったことです。あの頃にしっかり読んでおけば、もっと感性や知性は磨かれ、盤石な基礎ができ、底の深い人間になれたのではないだろうか、様々な本を読んでも、理解できるようになっていたであろうということです。

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